ROCK(HOME)> 80s HARD ROCK/HEAVY METAL> Guns N' Roses

ガンズ・アンド・ローゼズ(Guns N' Roses)

ガンズ・アンド・ローゼズ(Guns N' Roses)

ハード・ロック最後の大物 ガンズ・アンド・ローゼズ

抜群の演奏力と歌唱力、パンクの過激さ、華麗なルックス、 素晴らしいソングライティング、最高のライヴ・パフォーマンスなど すべてを兼ね備えたバンドだった。

莫大なアルバム・セールスを上げながら、パンク・バンド並の 過激さを持っていることが魅力。 セックス、ドラッグ&ロックンロールを地で行くスタイルであり、 アクセルの言動や行動も含め、スキャンダルも多く、まさに ロックンロールのキングにふさわしいの姿をしたバンドだった。

アメリカの80年代後半は派手なルックスとポップ・ソングだけの 音楽シーンであったため、ガンズの登場は画期的であり、 ロックンロールのデインジャラスな側面をもつアルバムをメインストリームで売り飛ばした 功績は大きい。
90年前後のアクセル・ローズは世界一男に憧れられる男であり、 キッズ達のヒーローだった。スラッシュもまた新たなギター・ヒーローとして 活躍した。

アルバムは世界中で売れ、アルゼンチンから日本まで世界中を ツアーし、華麗なミュージック・ビデオはヘヴィローテーションで流れ、 名実ともに世界一のロック・バンドだった。 だが栄光は長く続かず、カート・コバーンらグランジ勢に ハード・ロック・シーンは潰され、ガンズ・アンド・ローゼズの 全盛期は終わることになる。

オリジナル・メンバー
アクセル・ローズ・・・ヴォーカル
イジー・ストラドリン・・・ギター
スラッシュ・・・ギター
ダフ・マッケイガン・・・ベース
スティーヴン・アドラー・・・ドラムス

ガンズ・アンド・ローゼズの始まり

イジー・ストラドリン

アクセル・ローズとイジー・ストラドリン
インディアナ州出身のアクセルは幼少時に 実の父に虐待を受け、両親の離婚後は母の 再婚相手の男にも虐待を受けた。学校でも孤立し、 唯一の救いが音楽だった。 アクセルは教会のコーラス隊で歌い始め、そして ロックンロールに夢中になっていく。 ロック好き少年イジーと仲良くなり、二人は親友となった。 2人の趣味は似ており、エアロスミス、ハノイ・ロックス、 ローリング・ストーンズなどだった。 アクセルは歌唱力とピアノの腕を磨き、 イジーはギターの腕を磨いていった。 そして、イジーはアクセルより一足先に夢とギターを抱え、 ロサンゼルスに行った。その後、イジーの後を追うようにアクセルも ロスに向かうのだった。

スラッシュ
スラッシュはエンターテイメント系の仕事をする両親の元に生まれた。 あのビヴァリーヒルズ高校に通い、その時の 同級生にレニー・クラヴィッツがいた。その後、ロック・スターになる ために学校を中退し、ギターの練習を1日中するようになる。 ちなみに金持ちの家庭に生まれ、後に不良ロッカーとなる人間は 以外に多く、有名なところではミック・ジャガー(ケネディも通った大学を中退)や ジョー・ストラマー(父はエリート外交官)などがいる。


85年、アクセル・ローズ、イジー・ストラドリン、 トレイシー・ガンズ(ギター)、ロブ・ガードナー(ドラムス)の4人でバンドを結成。 バンド名は”L.A.ガンズ”、”ハリウッド・ローズ”など変わっていき、 最終的に”ガンズ・アンド・ローゼズ”に落ち着く。 その後、トレイシーとロブが脱退し、”ロード・クルー”と言うバンドと 合体。その結果、スラッシュ、ダフ・マッケイガン、 スティーヴン・アドラーが 加入。これがデビュー時の5人となった。
ガンズ・アンド・ローゼズはザ・カルトやアリス・クーパーの前座を務め、 その後に当時絶頂期だったモトリー・クルーの前座を務めた。 過激なバンド同士はウマが合い、友人関係になっていった。特にスラッシュは リーダーのニッキー・シックスに弟のように可愛がられた。 ガンズ・アンド・ローゼズはデビュー前から重度のヘロイン・バンドであり、 メンバーの中毒(特にイジーとスラッシュ)が酷かった。だが、 アクセルだけはドラッグにそれほど手を染めなかった。 「やれるだけのことをしよう」と考えるメンバーと違い、 アクセルはバンドがビッグになることをだけを考えていた。 そのためヤク中のメンバーをアクセルはいいように思っていなかった。

デビューと世界制覇とその後

アクセル・ローズ

ダフとスラッシュ

87年、デビュー・アルバム"アペタイト・フォー・ディストラクション" をリリース。このアルバムは、リリース後に徐々に順位を 上げていき、ちょうど1年後に全米ナンバー1を獲得し、 世界中で大ヒットした。 小さなクラブでライヴをしたり、モンスター・バンドの 前座をしていたガンズ・アンド・ローゼズを一気にスターダムへ押し上げた作品だ。 アルバムの始まりを過激に告げる"ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル"、 ハードなパーティー・ソング"パラダイス・シティ"、 ハード・ロックの壁をブチ破るバラード"スウィート・チャイルド・オブ・マイン"など ガンズの代表曲であり、この時代のアンセムでもある曲を収録している。 恋愛や日常をポップに歌うバンドが溢れていた時期であったため、 パンク・ロックのような破壊力を持ち、 ハード・ロック基調にキャッチーで重度なサウンドを聴かせるこのアルバムは衝撃的で、 1位を取ったのも必然だった。 ただし、スラッシュはこのアルバムが リリースされた頃は大した出来ではないと思っていたし、レコード会社もここまで売れるとは 思っていなかった。 "アペタイト・フォー・ディストラクション"の大ヒットに最も貢献した のはイジー・ストラドリンだ。アクセルもまさか少年時代の友達が ここまですごい作曲能力をもっていたとはわからなかっただろう。 キース・リチャーズに憧れ、リード・ギターはスラッシュに 任せ、リズム・ギターを大人しく弾くイジーだが、彼のガンズに 対する貢献は計り知れない。ただ、イジーはこのアルバムの大ヒットに 苦しむことになる(突如現れた名声やアクセルとの関係の悪化など)。

88年、"アペタイト・フォー・ディストラクション"が大ヒットしている 時にミニ・アルバム"GN`Rライズ"をリリース。全米2位を 記録した。名曲"ペイシェス"を収録しており、 エアロスミスの"ママ・キン"をカバーしている。 エアロスミスのスティーヴン・タイラーとジョー・ペリーとはパリ公演 で共演することになる。またこの時期、数々の事件やゴシップが報道され、 様々な意味でガンズは目立っていた。

90年、スティーブン・アドラーを解雇。ドラッグ中毒が原因と発表されたが 本当はメンバーとの関係の悪化によるもの。 そして、マット・ソーラム(ドラム)が加入。

91年、アルバム"ユーズ・ユア・イリュージョンⅠ"と アルバム"ユーズ・ユア・イリュージョンⅡ"を同時に リリース。名曲"ノヴェンバー・レイン"や同じく名曲"ドント・クライ"、 ポール・マッカートニーの カヴァー"リヴ・アンド・レット・ダイ"などを収めた"Ⅰ"は全米2位を記録。 そして、ターミネーターの主題となった"ユー・グッド・ビー・マイン" やボブ・ディランのカヴァー"ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア" を収録した"Ⅱ"が全米1位を記録。アルバムは2枚とも大ヒットした。 "ノヴェンバー・レイン"は壮大でメロディアスなバラードであり、 最も高く評価された曲。 この曲のミュージック・ビデオは結婚式とガンズの演奏を織り交ぜた素晴らしいビデオとなっており、 歴代ベスト・ビデオ・ランキングでは毎回トップに位置している。 シングル"ユー・グッド・ビー・マイン"も大ヒットした。この曲の映画での使われ方には不満を持ったが、 ミュージック・ビデオではシュワルツェネッガーが出演し、 アクセルとシュワちゃんという当時のアメリカ大スター2人が共演を果たした。 "ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア"はデビュー前からライヴで何度もカヴァーしている曲であったため、 どうしてもアルバムに収録したかったらしい。
このアルバムの製作後、イジー・ストラドリンはガンズを脱退。 理由はアクセルとの対立やロック・スターとしてのプレッシャーに 耐えられなかったことなど。元々イジーはガンズを世界一のロック・バンドにしたい などとは思っていなかった。 そして、イジーの代わりにギルビー・クラーク(ギター)が加入。

93年、カヴァー・アルバム"ザ・スパゲティ・インシデント?"をリリース。 92年からグランジ・ムーブメントが勃発し、ガンズ・アンド・ローゼズを含め ハード・ロック・バンドの人気が下降していった。 このアルバムはそういった風潮に対して、「俺達もオルタナやパンクに ついて理解があるし、そういう意思も持っているんだぞ」といった メッセージだった。だが、ニルヴァーナと対立したことも含めて、ガンズの全盛期は終わっていった。 アクセルの精神はビッグになったときから異常をきたしており、 ライヴ前の数時間の遅刻が当然となっていたことも ファンとの距離を遠ざけていった。 ダブルヘッドライナーでメタリカと共にスタジアム・ツアーを行ったのだが、 ジェイムズ・ヘットフィールドもアクセルのことには呆れていた。

94年、ギルビー・クラークが脱退し、ポール・トビアス(ギター)が加入。
96年、遂にアクセルと共にバンドの顔であったスラッシュが脱退する。
97年、マット・ソーラムが脱退し、ジョシュ・フリース(ドラムス)が加入。 ロビン・フィンク(ギター)も加入。フィンクは99年に一時脱退するも 00年から復帰している。
98年、10年以上ガンズを支え続けたダフ・マッケイガンが脱退。 トミー・スティンソン(ベース)が加入。クリス・ピットマン(キーボード) が加入。
99年、ライヴ・アルバム"ライヴ・エラ`87~`93"をリリース。
00年、ジョシュ・フリースが脱退し、ブライアン・マンティア(ドラム)が 加入。バケットヘッド(ギター)も加入。
02年、ポール・トビアスが脱退。リチャード・フォータス(ギター)が 加入。
04年、バケットヘッドが脱退。アルバム"グレイテスト・ヒッツ"を リリース。このアルバムは会社が勝手にリリースしたため、 メンバーは激怒した。
06年、ロン・サールが加入。フランク・フェラー(ドラム)も加入。

その他アーティストとの関係

アクセル・ローズ

カート・コバーン

クイーンはアクセルが尊敬しているバンドであり、アクセルはフレディ・マーキュリー追棹コンサートに出演した。 そして、ブライアン・メイは一度ガンズのライヴにゲスト出演した。
エルトン・ジョンとは様々な場面で共演している。
ストーンズのロン・ウッドはライヴに2度ゲスト出演しており、 ガンズと共に"ホンキー・トンク・ウーメン"を演奏した。
ハノイ・ロックスは若き日のアクセルとイジーが憧れたバンドであり、 "ユーズ・ユア・イリュージョンI"にはマイケル・モンローがゲスト出演している。

ボン・ジョヴィとガンズはお互い毛嫌いしていた。 アクセルは「ボン・ジョヴィもどき」と言ってきたシカゴの ビジネスマンを殴ったことがある。

ガンズはブレイク前にモトリー・クルーの前座をしていた。 両者ともに仲が良かったのだが、アクセルはあまりモトリーのメンバーとはなじめず 、ニッキー・シックスはアクセルを腰抜け呼ばわりしていた。 ただし、彼はガンズがビッグになることをすでに予知していた。 ガンズがブレイク後、ヴィンス・ニールがイジーを殴るという事件が 起こった。アクセルはヴィンス・ニールに激怒し、 両者がプレスを通じて批判し合う状態となった。 ニールは「公開ボクシングで決着をつけようぜ」と 言ったが、アクセルは「アルバムのレコーディングで忙しい」と言い 断った。


ガンズ・アンド・ローゼズがニルヴァーナと対立関係にあったのは 有名。ビッグ・アーティスト同士が対立関係になるのはイギリスではよくあることだが、 アメリカではほぼなかったため各地で話題となった。 ただし、元々アクセルはニルヴァーナ・ファンだった。 アクセル・ローズは"ネヴァーマインド" を聴いたことでニルヴァーナを気に入り、自分の誕生日のパーティーに 来て、歌ってほしいと頼んだ。しかし、カート・コバーンは 冷淡に断った。その後、アクセルは「ツアーの 前座をしてくれ、一緒にツアーをまわろう」と頼んだがこちらも 冷淡に断られた。 元々カート・コバーンはガンズ・アンド・ローゼズを含め、 メインストリームのハード・ロック・バンド嫌っており、 インタビューでもガンズを批判していた。 カートが批判していたのはガンズだけでなく、 ボン・ジョヴィ、ヴァン・ヘイレン、ブライアン・アダムス、 ラットやポイズン、サミー・ヘイガーなど当時のほとんどの 主流スターだった。 そんなカートにアクセルはブチ切れ、ニルヴァーナに対して暴言を 吐くようになる。スラッシュもニルヴァーナの音楽は気に入っていたが、 カートを気に入らず、「ちゃんとチューニングしろよ」など ニルヴァーナ批判を行っていた。

92年のMTVビデオ・ミュージック・アワードにガンズ・アンド・ローゼズと ニルヴァーナが出演した。他にも多数の大物たちが出演しており、現在では 伝説化されている。
カートはドラッグ中毒で入院中であり、一時外出の許可をもらっての 出演だった。そんな中、アクセルと恋人のステファニー・シーモア(モデル) がカートと妻のコートニー・ラヴとバックステージで、たまたま鉢合わせした。
先に仕掛けたのはコートニーだった。 コートニーが「ねえ、アクセル。私達の娘の名づけ親になってくれない?」 と挑発。アクセルはカート(赤ちゃんを抱いていた)に対し、 「このアマを黙らせないと、お前を外に引きずり出すぞ」と怒鳴った。 カートは無表情のままコートニーに向かって「黙れよ、このアマ」と 言った。そして、カートのユーモアにまわりの人間が笑い始めた。すると ステファニーがコートニーに「あなたはモデル?」と嫌味っぽく尋ね、 コートニーは「いいえ。で、あなたは脳外科医?」と言い返した。 MTVのパフォーマンス前に殴り合いのケンカはできない。 おまけにトークではコートニーにかなうはずもない。 アクセルとステファニーはその場を去った。
その後、ガンズ・アンド・ローゼズはエルトン・ジョンと共演し、"ノヴェンバー・レイン"を演奏、 すばらしいパフォーマンスを魅せた。だがニルヴァーナが"リチウム"を演奏後、ニルヴァーナの ドラムスのデイヴ・グロールがマイクをつかんで「やあアクセル、 アクセルはどこだ?おーいアクセル」と挑発。 MTVのアワードは1年に1度の大イベントであり、毎回高視聴率で 数千万のアメリカ人が見ている。その状況で、絶頂期のニルヴァーナに アクセルは挑発されたのだった。このことは様々な意味で話題となり、 テレビ番組もガンズ・アンド・ローゼズとニルヴァーナの対立を特集した。
この頃のアクセルは他にも様々な問題を抱え苦しんでおり、 まさにこの事件がガンズとアクセルにとって1つの終着点だった。
その後、ニルヴァーナは2年後に崩壊する。 そして、ガンズ・アンド・ローゼズも長い停滞期に入ることになった。

その他アーティスト